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2010年 01月 31日

心筋梗塞について

前文でタイトル「心筋梗塞」を「心筋高速」と大間違いしました恥ずかしいですね
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by shoji1927 | 2010-01-31 15:53
2010年 01月 31日

心筋高速の経験者は語る

去る1月12日のブログ記事で心筋梗塞の件を文末に書きまして詳しくはこれから申し上げます。
1999年12月は来年から2000年になる、ミレニアム変化ということで世紀の変わり目で特に医療分野が
どうなるか心配されておりました。
さて、その12月30日、私は銀行へ行きロビーで個人的な処理をしていましたら
急に気分が悪くなり立っていられなくなり暫らく椅子に腰掛けてじーっとしていましたら落ち着いたので
自分ながらどうしたのかなと思って再び立ち上がりましたが今度は冷や汗がどっとでて
やはり気持ちが悪いし息苦しい状況になり上着は勿論ネクタイをはずし落ち着くのを待ちましたが
苦しい状況は直りません。
その時は自分で車を運転してきたので先ず家に帰るべく窓ガラスを全開ににして汗を拭きなが
運転して自宅へ向かいましたが意地悪く信号が赤ばかりでいらいらしながらやっと帰宅し転がるように
ベッドの上に横になり家内はじめ家族が大騒ぎしたようですが本人の私はそのころからの記憶は
良く分かりませんでした。何しろ暮の30日ですから病院は休みです。
でも何とか私の主治医の先生に連絡をつけその病院へ担ぎこんだようです。
先生がはじめてこれは一刻を争う心筋梗塞と判定し救急車で専門病院へ運ぶ手配をしてくだされ一緒に
救急車に乗ってくれて八王子医療センターへ行きました。
到着後直ちに手術室でカテーテルで検査と処置をしてもらいました。この処理は麻酔なしてされますから
先生方が画像を見ながら「ここがつまっている」とかの会話も私には聞こえます。
とりあえずバルーンで心臓に血が流れる処置をされたようで次第に楽になってきました。
あとから説明を受け心筋梗塞は血管の病気で血管を通じて心臓に血が届いていかないことから起きる
現象で時間との勝負ですと知りました。幸い細い血管がかろうじて心臓へ少量ながら血液を送っていた
から助かったとの説明を家族にしてくれたようです。
明日は大晦日でミレニアムを控え病院内は大勢のスタッフが救急治療室で働いておりました。私は楽に
なってほっとしました。あらためてお世話になった先生方と家族に対し感謝の気持ちで一杯です。
どうか皆さま血液がサラサラで安全な生活を送ってください。
お陰さまで後遺症はなく今は適度な運動として殆ど毎日近くのスポーツクラブのプールで水中歩行を
したり旅行も出来るこのごろです。
それと血液サラサラになる薬を飲み、ニトログリセリンをいつも携帯しております。
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by shoji1927 | 2010-01-31 15:49
2010年 01月 30日

昭和39年のことを話題にしましょう

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古い写真が出てきました。私が37歳で3女と一緒に藤沢の遊行寺境内でのスナップです。
この頃は鉄腕アトムとその妹のウランが子供たちの人気を集めていた時代でした。
この年は東京オリンピックが開催されたり東海道新幹線(ひかい・こだま)も開通しました。
日本の近代化がスタートした年と云えるでしょう。
因みにその頃の物価:ビール大瓶115円・タクシー初乗り100円でした。

ついでに、この写真の私が孫息子にそっくりだと家族に爆笑されました。
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by shoji1927 | 2010-01-30 15:30
2010年 01月 29日

パソコンはいつ買うのがいいか?

私の現役時代に商売する上でコンピューターが必要になると思い八王子ではかなり早い取り組みをしました。
1982年、1986年頃はセンターマシンに端末機をぶら下げてオンライン方式で順次レベルアップしておりましたが今のパソコンの能力と比べれて果たして優れていたとは思いません。
当時NECのセミナーへ参加した時
参加者から質問が出て「一体どんどん進化するコンピューターはいつ買うべきですか?」に対して
返答は
「良くって安いということに絞れば、あなたが死ぬ前日しかないでしょう」
「ただあなたは使う機会がないだけですが」これはちょっとしたユーモアですが、全くパソコンの進歩は早いので前述の会話を参考にしましょう。
パソコンだけでなく電化製品も同じですね。
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by shoji1927 | 2010-01-29 10:54
2010年 01月 27日

インド旅行での発体験

1999年3月、私と家内・家内の妹2人の計4人でインドへ旅行した。もともとインドには興味も関心もあったが
是非タージ.マハールを見たいという女性達の願望が強かったからです。多くの方々はすでにご覧になっていらっしゃると思うのでこれには少しだけ触れる程度にとどめましょう。結論的に素晴らしいもので国王の妃に
寄せる愛があのような建造物を作ったことになったようです。3月でも暑いがこれからの猛暑は避けたつもりでのスケジュールでよかったと思いました。
どこでも貧富の差はあるがあれほどのところは私ははじめてでした。私たちが一番注意したのは飲料水でした、食事もカレーを中心としたメニュー(ホテルやレストランでの)は美味しかったので私は気分良く最後の夕食は盛り上がって72歳なのに飲みすぎてか夜から朝にかけて酷い下痢をおこしてしまいました。添乗員の話しでは日本から持参した薬は効かないというので朝、ホテルで現地の医者に部屋まできてもらい診察をうけたらお尻に注射をブツリと打ちこれでOKとのことでした。その先生が体格といい人品といい立派な方なので精神的にもこれで今日これから長いバス乗車は大丈夫だと思いました。案の定問題なく帰路につくことができました。驚いたのは往診療料が約2000円と安くてしかもカードについている保険でカバーされているので実質タダだったのです。神は貧乏人の私には優しくしてくれたなと感謝!
この年はその後スペイン旅行もしましたが年末ギリギリに心筋梗塞を起こし救急車で病院に運ばれ命拾いをしました。僅か1年の間に波乱があるものですね。
心筋梗塞を経験したことは他日このブログで患者の実体験を報告するつもりです。
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by shoji1927 | 2010-01-27 21:51
2010年 01月 26日

私はラジオが好きです

今はテレビ主体の放送の時代ですが寝ながらベッドでの視聴はラジオに限ると思っている私です。
なぜなら番組の内容もいいし第一寝ながらイヤーフォンで聞いていれば誰にも迷惑をかけず 知らないうちに
寝てしまっており、つまり子守唄のような役割もしてくれるのです。私の使っているラジオはソニー製の
名刺サイズの充電式なもので自分で聞く時間を設定出来るもので私は30分で自動的に切れるように
セットしています。年配者の好むNHKのラジオ深夜便は毎晩23:20から朝05:00までですが早朝目覚めた
時などは実にいいですね。民放ではTBSのバトルトーク(22:00から)がテーマにもよりますが面白いです
からお勧めです。
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by shoji1927 | 2010-01-26 20:08
2010年 01月 25日

写真を撮ったサンタフェ旅行

私には3人の娘がありますが、最初に誰かが結婚して家を出る前に家族旅行をしようと決め、日も場所も設定しましたが当日は暴風雨だったのでとりやめ、そのままになっていると云われ我ながら忘れていたことに気づき15年ほど経ってしまったが、今は全員揃って出かけられる環境だから場所と日程を決めようということになり長女が何度行っても素晴らしいと云うニューメキシコ州のサンタフェではどうかとの提案があり、長女はハワイからソルトレークシティ経由でアルバカーキー空港で待つからあとの4人はダラス経由でアルバカーキー空港で出会い、そこからはレンタカーでサンタフェへ行くというプランでまとまりました。2005年5月でした心配していた待ち合わせはスムースでした。長女は全行程を車の運転をしてくれてあとの4人は楽な思いをしましたが、本当にサンタフェは素晴らしいところで静かで文化的な雰囲気で全員感動と満足の延べ8日間を過ごしました。ホテルは家族的なムードで静かで5日間滞在しても飽きないし5人入り丁度のジャグジー風呂が庭にあって(水着は持参していった)賑やかに昔に戻った気分でした。
このブログの写真もそこで撮ったもので帽子も私にプレゼントしてくれたものでワインタイムが毎日午後4時から用意されており(カウンターに赤白ワインとグラスが揃っている)そのワインを楽しみながらのポーズです。
天気は乾燥しているから空の青さが抜けるようでした。
長女は知り合いの現地の方が多く観光したこと等は、このスペースでは書ききれないほどですから
又、機会があればこの続きを書きたいとおもいます。
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by shoji1927 | 2010-01-25 13:14
2010年 01月 24日

電卓が珍しかった頃の面白い話

1973年9月、ヨーロッパ旅行を食品業界の視察旅行との名目で誘いがあったので参加した(46歳だった)
15日から16日間で7カ国を周ったが、まだ若かったので体力もあり移動で忙しい日程も平気だった。
円ドル相場は1ドル308円の時代で当時の感覚では大分円も強くなったと思っていた。国ごとに通貨が違う
ので計算に便利な電卓が出始めた頃にカシオ製の分厚いもので大きさは横13cm縦7cm厚さ1.5cmの
物を持参して行きローマへ着いてホテルの食堂でそれを使って手持ちのイタリアリラの計算をしていたら
ボーイが数人私を取り巻いてそれは何かと聞くので目の前で掛け算をやって見せたら驚いて、
やがてそれを売ってくれないかと云ってきたので5万リラなら売ってもいいということで商談成立し
私は思わぬリラ大尽になった。
市内観光した時、これを使ってしまわなければとグッチの店でハンドバッグの上等なものを買い、
いいお土産が出来た帰国して家内にあげたら随分高いもので喜ばれたことがあった。
それほど日本の製品が進んでいたのかと思った。今でもそのバッグは我が家にある
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by shoji1927 | 2010-01-24 15:05
2010年 01月 23日

時代の変化について

今、「坂の上の雲」を読み直しています。明治時代に入り以前の侍世界から民間世界へ移転して行く時の
変化は計り知れない混乱だったろうと思います。
当時の日本が世界の列強と付き合うには先ず西欧の文化や商工業のシステムを勉強しなければと公家の岩倉具視を団長に使節団を組み1年半もかけてアメリカをはじめヨーロッパから世界中を歴訪したのを、
私の友人の泉三郎氏(本名樫崎則夫君)は同じ行程を何年もかけて視察し何冊もの本を発行しました。私はそれを読んで彼の労作を評価すると共に近代化を計った先人の努力に敬意を表します。
現在テレビで「竜馬伝」が人気を呼んでいますが時代の変化について私たちも考えましょう。
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by shoji1927 | 2010-01-23 18:27
2010年 01月 21日

キリがいいので50年前のことを思い出しました

50年前は1960年です。思い出せば大きい変化の年でした。安保反対のデモの終わる時期だった。
日本の首相には池田勇人氏が就任され、「経済のことはこの池田にお任せください」をキャッチフレーズに
10年後に所得倍増を打ち出し、元気のいい時代になりはじめました。その後「貧乏人は麦を食え」という名せりふ?を唱え野党から大反対の運動がありましたが、私は「貧乏な時は麦を食え」だったら、のちの世に名演説と評価されただろうと思います。当時白米10キロ870円、新聞1ヶ月392円だった。
前年皇太子殿下のご成婚式(はじめて民間から正田美智子さんが皇太子妃になられミッチーブ-ムのとき)
をカラーテレビで見たいと国民は結構無理してテレビを買い換えたことを思い出す。
11月アメリカではケネディ氏が大統領に選出されました。まさか2年後にダラスで暗殺されるなど思いもよらない出来事もありました。
これから日本の高度成長が本格的になったのです。

わたしごとですが3女が生まれたのもこの年でしたし私が八王子ロータリークラブへ入会した年でした。
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by shoji1927 | 2010-01-21 16:01